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<書籍紹介>『OECD Education2030プロジェクトが描く未来の教育―エージェンシー、資質・能力とカリキュラム』

白井 俊 著   ミネルヴァ書房 2021/2/20初版第2刷発行 

 この本は、これからの日本の教育の方向性を教えてくれる本であり、さらにいえば、現行の学習指導要領の世界的な背景をも感じさせてくれる本です。徳島の教育をリードしていく先生方に、ぜひ紹介したい本の中の一冊です。

 ただ、現場の先生方にはちょっと距離があり、ハードルも値段?も少し高いと思うので、私が読んだ感想を含めて、序章のみご紹介します。興味が沸いた方は、ぜひ全文をじっくりと読んでいただきたいと思います。

 ちなみに著者の白井俊氏は、2009年~2011年の間、徳島県教育委員会に出向されていたことがあります。先日、白井氏とお会いしたとき「教育現場をイメージするときは、徳島の訪問した学校をイメージしている」とおっしゃっていました。徳島の教育を知っている方が、日本を代表してOECDのプロジェクトに参加し、日本や世界の教育をリードしていると思って読むと、何かうれしい気分になります。

さて、さて、早速紹介します。

序章 コンピテンシーに関する議論の展開

 今、教育現場では、コンテンツベースからコンピテンシーベースへということがよく言われています。ただ、なぜこんなことが言われ始めたのか?とか、そもそもこのコンピテンシーって何?というのが「今さら人に聞けない」問題なのかもしれません。序章では、それについて説明されています。

1 コンピテンシーという概念

 コンピテンシー(competency)はアメリカの心理学者マクレランドの研究を契機として始まり、そのきっかけとなったのは、国務省職員の選考テストと職務上の成功が一致しないことからはじまったそうです。その選考テストは、一般教養や、政治・行政学といった専門分野を中心とした筆記試験でした。

その原因を分析した結果、優れた職員に共通する特徴として、

①「異文化対応の対人関係感受性」

  異なる文化の人が発言し、意味することの真意を聞き取ったり、彼らの行動を予測する能力

②「ほかの人たちに前向きの期待を抱く」

  対立している人を含めて、またストレスがある場合であっても、他者の基本的な尊厳と価値を認め

  る強い信念を持ち続ける能力

③「政治的ネットワークをすばやく学ぶ」

  人間関係における相互の影響力や、それぞれの政治的立場を素早く理解する能力

が、明らかにされました。このような特徴は、いわゆるペーパーテストだけでは測定できない能力でした。その後、共同研究者のスペンサー夫妻が次のようにコンピテンシーを定義したことから始まったそうです。

「ある職務または受講に対し、基準に照らして効果的、あるいは卓越した業績を生む原因としてかかわっている個人の根源的特性」(Spencer&Spencer,1993)

2 DeSeCoプロジェクトにおけるキー・コンピテンシー

 ただ、コンピテンシーが様々な理解のされ方をしている状況などからDeSeCo(Definitions and Selections of Competencies コンピテンシーの定義と選択)プロジェクトでは、その概念整理がミッションとされました。

 さらには、教育現場でもよく話題に出てくるPISA(Programme for International Student Assessment)ですが、このPISAは、国別による学力を比較するテストです。それまでのTIMSS(Trends in Ineternational Mathematics and Science Study)が、文字通り数学や理科の学力を比べたのに対し、問題解決を図っていく力等などを測って比べようとしたものですが、その理論的根拠も必要とされ、DeSeCoがその役割も期待されたようです。

つまりDeSeCoのテーマは、

「豊かで責任ある人生につなげ、現在や将来の課題に対応していくためにはどのようなコンピテンシーが必要か」というものであり、その目的は「より大局的な視点をもちながら、理論的に裏付けされた形でキー・コンピテンシーを定義するための研究を行うこと」(p5)

でした。

 そのDeSeCoでは、コンピテンスについては次のように定義されています。

「知識や(認知的、メタ認知的、社会・情動、実用的)スキル、態度及び価値観を結集することを通じて、特定の文脈における複雑な要求に適切に対応していく能力」

白井氏はこの定義にコンピテンシー概念の特徴が明確に表れているとして次の2つあげています。それは、

  • 統合的な視点に立つ
  • 文脈に即して捉えること

です。

白井氏は分かりやすい例を挙げそれぞれを説明しています。

①の例として「パソコンを使って文章を執筆すること」をあげ、このコンピテンシーは、タイピングスキルだけなく、記述内容についての知識や、調べる力などが複合的に求められるが、大切なのは「個々の知識やスキルを必要な場面で結集(mobilise)して、発揮していくこと」だと説明します。

さらに、「コンピテンシーの視点を踏まえた「指導と評価」」というコラムでは、現行の学習指導要領の3つの柱「知識及び技能」「思考力,判断力,表現力等」「学びに向かう力,人間性等」を別々のものと捉えるのは避けなければならないとし、例として「態度」の評価に、「挙手の回数」などという教科を通して身につけるべき資質・能力抜きの評価をすることは不適切だと述べています。

(本書は、11のコラムが書かれています。これは、このプロジェクトと日本の教育現場をつないで教育現場に分かりやすい例が挙げられているので、これだけ読んでもおもしろいと思います。)

②は、「ある状況に中で求められていることに呼応した行動を重視する能力」として捉えられているということです。ということは、ある文脈では非常に重要なものであっても、別の文脈では重要なものとはされないということも起こりえる相対的な概念であると言えます。

 このような中から、キーとなるものを抽出するには、一定の基準が必要で、例えば「学習可能であること」や「誰にとっても重要であること」などの基準で考えられたようです。

 そして、キー・コンピテンシーとして次の3つが特定されました。

・異質な人々から構成される集団で相互にかかわり合う力

・自立的に行動する力

・道具を相互作用的に用いる力

3 「21世紀型スキル」の時代

 20世紀後半から21世紀初頭にかけて、これからの教育について様々な提言がなされました。(「21世紀型スキルのためのパートナーシップ」による提言や、ATC21S(Assessment and Teaching of 21 Century Skills)、EUやUNESCOによる提言などがあげられています。)

これらたくさんの提言からは、2点が指摘できると白井氏は言います。

・伝統的な教育において重視されてきた「知識」や「認知スキル」といった要素を含みながらも、それ以上の何らかの付加的な要素が含まれていること

・改めてコンピテンシー概念の不統一性が明らかになった。

結局、Education2030プロジェクトでは、多様な能力概念に関する整理もミッションの一つとなったそうです。

4 コンピテンシー重視のカリキュラム改革

 この節では、ニュージーランド、オーストラリア、シンガポール、韓国、日本のカリキュラム改革について解説しています。もちろん日本ではコンピテンシーに相当する「資質・能力」という言葉を使い、それらを「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力・人間性等」という3つの柱で再構成していることが紹介されています。

5 コンテンツとコンピテンシー

 ここでは、「コンテンツ・ベースからコンピテンシーベースの転換」というテーマのもつ落とし穴について述べられています。

それは、「コンピテンシーを重視するといっても、そのことが、各教科等のコンテンツを軽視することと同義ではないし、そもそも相反するものでもない。」と述べます。

そして

「コンテンツとコンピテンシーは、しばしば二項対立的に捉えられることがあるが、本来良質なコンテンツを通してコンピテンシーを育成し、さらに多様なコンテンツをより深く学んでいくという好循環が働くことになるのであり、両者は相互に高め合う関係に立つものである。」

と述べています。さらに、近年では両者のバランスのとれたアプローチを重視するトレンドにかわりつつあると言います。

6 Education2030プロジェクトの背景と目的

 この節では、Education2030プロジェクトが、東日本大震災とそれを契機に始まったOECD東北スクール・プロジェクトがきっかけで始まったことについて書かれています。さらに、その目的として次の2つがあげられていることや、このプロジェクトに対する日本のかかわり等が書かれています。

・Education2030プロジェクトのテーマ

  • 生徒が未来を生き抜き、世界を形作っていくためには、どのような知識やスキル、態度および価値観が必要になるのか。
  • 教育のシステムはどのようにして、これからの知識やスキル、態度及び価値観を効果的に育成することができるのか。

ここから、これらのテーマについての詳しい説明や、その経緯などが書かれた第1章が始まります。

そこには、次のようなキーワードがでてきます。

・VUCA

・カリキュラム・オーバーロード

・ニュー・ノーマルの教育

・ラーニング・コンパス

・ウェルビーング

・エージェンシーと共同エージェンシー

・コンストラクト

などなど。

おそらく今後これらの用語は、様々な教育議論の中で出てくるだろうと思われます。それらを正しく理解するためには、この本は必読の書になると思います。

ぜひ、ご一読ください。

OECD Education2030プロジェクトが描く教育の未来 エージェンシー,資質・能力とカリキュラム [ 白井 俊 ]

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